ダイの大冒険(2020)第90話が放送された。タイトル「影と死神」。キルに化けたアバンがミストと会話しつつ、正体を暴かれてしまい、キルを倒したストーリーを語る中でミストの秘密の謎解きをするところが描かれた。
ラーハルトが「情けは屈辱だ 早く殺せ」というところ。そのあと「ダイ様がお前を殺すぞ」と繋げるところ。原作で読んでいたときはそこまで思わなかったが、アニメで声つきでこの台詞を聞くと「殺す」という言葉の強さを感じる。ダイたちのパーティメンバーは、魔王軍に対しても「殺す」という言葉をほとんど使わない。「倒す」とは言うが。なぜなら、地上の平和を取り戻すことが目的であって、眼前の敵を殺すことは必要に応じた手段に過ぎないからというのがまず原則にはあるだろう。そのうえで、殺すという言葉を使っていると、憎悪に心を奪われて、それこそかつてヒュンケルが父バルトスの敵として「アバンを殺す」という気持ちをたぎらせた結果、ミストバーンに暗黒の技を習うことになったこともあるし、「殺す」という言葉に捕らわれるのは危険なのだ。ただそれでいうと、ここにおけるラーハルトは、「殺す」という言葉を使いながらも、そのかつてのヒュンケルのような「憎悪に飲まれる」ような印象はほとんどない。あくまで主君ダイの大望を果たすための駒として、必要なら敵を殺す、といううに捉えているのだろうか。
ただ、であるがゆえに、自らの命に対しても頓着が薄く「殺せ」と言ってしまっているんだなという感じがした。ここはもし本当に主君ダイのことを思うなら、そんなにあっさり殺されてはいけない。それこそ、このあとヒュンケルが名探偵として推理をつなげていく(そしてアバンがそれを引き継ぐ)ように、推理によってミストバーンの謎を解き、力では勝てずともダイにそれを伝達することでダイの勝率を上げることを狙うべきなのである。だが、それはラーハルトの選択肢にはない。ここが、ラーハルトとアバンの使徒たちとの差分に感じる。可能性があるうちは、とにかく粘って戦う。やはりそれがアバンの使徒たちの原点にあり、その生への良い意味での執着が、後のポップの「閃光のように」などにもつながると思われる。
ミストバーンが「ダイがいかにパワーアップを繰り返してもバーンを殺すことは不可能」というところ。よく考えると、これのちにバーンに肉体を返す時にバーンが「こっちがベースなので」と自らの老バーンのほうを指して言っているわけで、ダイが老バーンを倒してしまったら、いくらミストが残っていてもなんにもならないというか、なんなら術者のバーンが死んだら凍れる時間の秘法も解けてしまうのでは?という気がする。となると、ここのミストバーンは真実を言っているわけではなくて、どちらかというとハッタリを言っていると解釈したほうがいいように思った。
しかしミストバーン、ほんとに超機密情報をポロポロと、ドヤ顔で出しちゃうなと改めてアニメをみて思った。「やはりおまえだったかヒュンケル、その事実に気づくのは」と言っちゃうのは、相手の推理を認めているわけで、上述のようにその情報がダイに伝達される可能性は考えていないのか…?このあたり、ミストが戦略参謀としての能力は低いまんまで、忠誠心と特性を買われて数千年バーン配下にいたキャラクターなんだなぁと思わされる。
ヒュンケルが原作で推理の途中で「今のヤツの声も若々しい声でこそあれ口調や発音などはバーンとほぼ同じ」という台詞があるが、アニメでは「口調や発音などは」のところはカットされていた。まあ、それはそうだよね!(笑)これは原作で音のない漫画だったからこそ、想像が膨らんで、「なるほどそうだったのか!」と思わされる言葉なので、実際アニメで、土師さんの演じる老バーンと、子安武人さん演じるミストバーンの声をさんざん聞いてきた今となっては、さすがに無理がある。逆にいうと、原作より情報量が少ない中で名推理を働かせたヒュンケルさんの推理力を褒めてあげたい。
さてアバンが化けたキルバーン(ややこしい)がミストバーンと会話するところで、かつて鬼岩城を失ったときのキルによるミストを殺そうとしたというシーンの回想が挟まれる。これは原作も同じであったが、これ冷静に考えるといろいろ謎である。まずそもそもミストバーンは凍れる時間の秘法がかかっているので、死神の笛が首にかかったところで、それが引っ張って攻撃されたところでダメージはゼロである。また、バーンがミストバーンに肉体を預け(その秘密はキルは知らないとしても)重用している以上、ヴェルザーの部下であるキルがミストバーンを殺すなどというのはバーンが求めるはずがない。そういう意味でも、ここでミストが言う「殺そうとしたではないか」というのはそんな訳はない、という話になる。結局あのシーンはなんだったのかと今あらためて思う(笑)。
そしてキルとミストのファーストコンタクトの話になっていくが、ここは流れを見ると、ミストがしゃべっているということになるだろうか。そもそもキルバーンの情報ですら、アバンの使徒たちは十分に持っていないわけで、ここでべらべら喋ることで相手に相当の情報を渡すことになる。しかもキルといってもこれはアバンが化けた姿なわけで、相手の策略に乗っかってまんまと情報出しまくりである。のちにモシャスと見抜くわけだが、いやしかしそれまでにもう情報出しすぎですよ最高幹部。これもまた、一種の「力におぼれて、力以外のことを軽視している」バーン思想信者的な戦略無能なんじゃないかと思ってしまう(笑)。
このシーン、改めてアニメで観てふと思ったのは、キルはいきなりバーンに対して「キルバーンとでもお呼びください」と名乗っていたわけで。となると、そもそも「ミスト」「キル」と呼び合っていたというのはどういうことなんだろうか。ミストはずっと、バーンから「ミスト」と呼ばれていたとして、キルバーンが「キルと呼んでくれ」とでも言わない限り、「ミスト」と「キルバーン」だったんじゃないかと思うが…。
アバンが呼び名でミスを噛ましてしまい、ミストがそれに気づいて逆上するところで、一瞬アバンの化けたキルが瞬きをしているシーンが入っていた。これは、本来のキルは瞬きをしない(そう、人形だから)ので、人間であるアバンだからこそ瞬きをしたという演出であり、これはアニメだから表現できる面白さだと思った。漫画だと瞬きは描けない。このわずかな一瞬にこれを入れてくるアニメ制作陣のこだわりがすばらしい。
どうでもいいけど、最強の攻撃力を持つミストの攻撃をあてられかけてもちゃんと回避して、あんまりビビってないアバンはさすがだな。
あとこのあとで、マァムが「変身呪文モシャスを応用して」と言う台詞があるが、これもアニメオリジナルであった。ここは2つ面白くて、原作だとチウが「どうなってるの?」というだけでマァムの台詞はなかったところにマァムが台詞を入れるようになったことと、あとはその台詞のなかみが「モシャスの応用」となっていることである。原作だとアバン自身が「モシャス」と説明しており、応用だとは言っていない。これがなぜモシャスそのものではなくて応用なのか?おそらくだが、かつてザボエラがマァムに化けたときのモシャスは、あるいは部下の祈祷師をザボエラの姿に見せたときのモシャスは完全に体格も含めて姿が変わっていたが、今回はアバンはなぜかキルバーンの仮面も含めて表層部分だけをコピーして、自分の身体の上から貼り付けるような形で変身していたためではないかと思われる。しかしこれ、普通にモシャスをするほうが完成度が高いわけで、応用のほうがバレやすくないか、という疑問はある。またさらに、どうしてそれを「応用」だとマァムは一瞬で見抜けたのだろうか。このあたりは謎だ!アバンの弟子として修業を受けていた頃にこの呪文の使い方を見ていたことでもあったのか。
そしてBパートになり、異空間から生還したアバンがジャッジの鎌を拾って武器にするところだが、原作だと「バギィッ」というかなりの力の入った感じの描き方で、鎌の先端を壊して棒状にしていたが、これでも相当すごいが、アニメだともっと軽々と先端部分を壊しているように見えた。ジャッジの鎌、脆いの?でもそんな脆いのだとしたら、このあとで武器にするには頼りない。これはいったい…。
キルがアバンの攻撃を受けながら「恐ろしい」という内言をいうところ。これ、後に判明する通りにピロロがキルバーンを操っているだけだとするなら、この感情を持つのはやっぱりちょっと変ではないかと思う訳である。ピロロが恐ろしいと思っているのがキルバーンの内言になっているということなのか?しかしなぁ。ということで、Podcast Cast a Radio内でおだじんさんが提唱した「AI搭載説」をやはり採用していきたいところである(笑)。それならキルバーン自身が恐ろしいと思うのもまあ、ありうるよねと。
そしてキルがバーニングクリメイションを作るところだが、アニメで見るとだいぶキルの演説が長い。はっきり言って隙だらけである。アバンは目には目をと言ってるわけで、さすがにキル相手なら相手が口上を述べているときでも攻撃してよかったんじゃないかと思うんだけど(笑)。
アバンの身体から煙が立ち上り、ハドラーの形をとるところ。これは原作も素晴らしいが、アニメはアニメで動きがあって、回想がうまく挟まれていて、良い表現だった。
業火が付いたキルバーンが「ヒッ!」というところ。アニメだと、「火!」に聞こえる(笑)。というかアニメで初めて見た人は多分そう思ったと思うんだけど(笑)。
ファントムレイザーが補充され、仕掛けたところで、14本目で首を飛ばされたキル。ここで、首が飛んでいるのに色々しゃべっている時点で、アバンは「こいつは生物ではない」と思うべきだったのではないかと今回アニメを見て改めて思った。そもそも、魔王軍にはシャドーのようなモンスターもいれば、キラーマシンのようなロボットもいる。生物だけが敵ではないということは、歴戦のアバンなら分かっていても良さそうなものだ。しかもバーニングクリメイションに関しては自分の腕を痛みも感じずちぎって、魔界のマグマを発火させるなどという無茶苦茶をやっている時点で生物だと思う方が無理がある気がする。
なぜここでアバンが、キルを生物だと思いこんで首を撥ねて満足してしまったのか。これはダイの大冒険の中における「いやいやいや、なぜお前そうした!」のいくつかあるエピソードの中で、トップクラスじゃないかと個人的には思っている(笑)。加えて、なぜかの温情措置でピロロを逃してしまう。「あの小さな使い魔では何もできないでしょう」。これもまた、完全な思い込みと決めつけである。だってなぁ、ここでアバンがきっちりキル人形を壊して、ピロロを葬っておけば、最後にダイくんは消えないで済んだのよ…。
このシーンを見ると、どうしてもアバンにツッコミを入れたくなってしまうのよね(笑)。
【Podcast】 Cast a Radio 「ダイの大冒険」を語る をよかったら聴いてください!毎週ダイの大冒険のアニメの感想などを2人で話しているお気楽番組です。Apple Podcast、Spotify、Amazon Musicなどで無料で聴けます。