ダイの大冒険(2020)第68話が放送された。しるしが5つ光って、レオナがミナカトールを唱え、そのままルーラでバーンパレスへの乗り込んでから、ハドラーと親衛騎団によってハドラーとダイの一騎打ちを挑まれるところまでが描かれた。

冒頭、相変わらずノヴァはザボエラへの斬撃をスカしていた。いつになったらこの剣は当たるんだ、と思っていた私だが、実はこのたび、ちょっと考えを変えるに至った。どういうことかというと、ノヴァは意図的にザボエラを追い回しているものの、仕留める気はないんじゃないか、ということである。なぜ仕留める気がないのか?
それこそ、ロン・ベルク対ミストバーンのバトルで語られていたように「お互いに本気を出すとお互い無事では済まない」ということになる。このロジックでいくと、もしノヴァが本気でザボエラを仕留めようとすると、ザボエラも殺されまいとして、本気を出してノヴァに反撃してくることが予想される。そうなると、ミナカトールの陣形や、人間たちのパーティに思わぬ被害が拡大する可能性がある。そうなっては作戦が失敗する確率が高まってしまう。あくまでノヴァにとっての作戦の目標はミナカトールの成功であるので、それが達成されることがもっとも重要。そうなると、別にザボエラを討つ必要はなく、ミナカトールを妨害させないようにすればいい。であるなら、下手に殺気を全開にしてザボエラを殺そうとするよりも、お茶を濁しておく程度の空振りでザボエラを追い回しておくほうが、全体最適だということは言える。
つまり、ノヴァはわざと命中しない程度のしょっぱい、しかしザボエラに好きにさせない程度の攻撃を繰り出している、と。であるなら、ノヴァは極めて有能だ。というか、有能になった、というべきかもしれない。かつてサババで親衛騎団相手に無謀な戦いを挑み、作戦目標を見失っていた少年はもういない。ここにいるのは作戦遂行に徹することができる北の勇者なのだ。
が、この観点だとひとつ抜け落ちるのは、そもそもザボエラがポップに放った光弾を撃たせてしまった時点で、ノヴァはミナカトールを達成させるというミッションが遂行できていないじゃないか、というツッコミである。まあこれは、クロコダインもそうなんだけど。ザボエラの計略に気づいたのは最強のボディガード、ロン・ベルクと、邪気を感知する天才である占い師メルルのみ。まあ、この2人しか気づけないんだからノヴァが気づけなくてもしょうがないよね、とはいえるけども。

さて、ポップから放たれる回復系エネルギーを見て、レオナが「ザオリク級」と言うシーン。この言葉によって、賢者たるレオナの回復魔法力を遥かに超える魔法力をポップが放っていることが視聴者に伝わる。ふと気になるのは、レオナはどこでザオリクの威力を知ったのだろうか。本人がザオラルは一応使える(ただしポップにかけて失敗した)ので、その基準でなんとなく言っているということだろうか。

レオナがミナカトールを唱えると、五芒星、ではなくて桜のようなマークに沿って光が走る。五芒星が宗教的観点からの配慮(おそらく)で使われなくなったのが2020年版アニメだ、というのは過去にもダイログで言及した気はするが、改めてアニメとしてこの重要シーンで描かれると、なかなかおもしろいなぁと感じる。

このあと、魔王軍モンスターたちも、人間たちも、ミナカトールの威力というかすごさというかに圧倒されて、みんながそれを見つめてしまうシーンがあるのだが、一瞬はさまるフォブスターとクロコダインのシーンが無防備すぎて笑う。完全に魔王軍に背を向けてしまっている。まあクロコダインは強靭だからいいけど、フォブスターあたりは、敵モンスターの全力の一撃をノーガードで食らったら速攻死ぬんじゃなかろうか。まあミナカトールの光を見たい気持ちはわかるけど(笑)。

そういえば、倒れているモンスターのなかに、おにこぞうの姿があったような気がした。漫画では、チウを挑発して、のちにはチウによって守られ子分になった彼らであったが、アニメではやはり完全カットの憂き目に遭わざるをえないようだ。

バーンパレスに乗り込んだポップが、パレスを見て「さんざんぶっ壊れたのに直ってやがる」というアニメオリジナルでの台詞をはなしていた。たしかに、前回の決戦からそこまで日数が経っているわけでもないのに、完全に直っているのはすごい。どういう方法で直したんだろうか?バーンパレスにいるモンスターたちが、人力、ならぬモンスター力で、せっせと直したんだろうか。それともバーンの魔力によって、材料たちが浮かんで勝手に補修されていくような形なんだろうか。

さて、CMの前の入のアイキャッチと、CMのあとのアイキャッチが新しい音楽になっていた。これは、今回だけの特別アイキャッチなのか、今後はこのアイキャッチなのか?

CM明け、ヒムとヒュンケルの会話。改めて思ったんだが、もはやこの会話のときになると、ヒュンケルよりヒムのほうが冗談めいたことも言っていて、もはや人間らしさがあるのは気のせいか。滝裏のシーンで、ハドラーが最後にダイと戦うといったときにヒムが涙することで、視聴者たちは彼の中に芽生える熱い想いを知ることができ、そしてそれは後の伏線になるわけだが。ヒュンケルももうちょっとヒムとの会話に乗ってあげてもいいじゃないかと思う。しかし時間が惜しいといってすぐ倒しに行こうとするあたり、彼は本当に「戦士」なのだ。

ハドラーがダイに勝負を挑むべく会話するシーン。ここで、レオナが「時を改めて(決闘)すればいい」と言っているのだが、よく考えるとこの台詞は結構驚くべきところがある。というのは、もし仮にバーンを打倒したあとだとしても、仮にハドラーとダイが決闘したら、ダイが死亡する可能性もなくはない。レオナにとって一番大切な存在であろうダイが死ぬリスクというのを、レオナは本当に受け入れているのか。多分実際はノーだと思う。別にいつであったとしても決闘に賛同したいわけがない。でもそうだとしても、この場面でハドラーを説得するために、「あとにしたらいい」とその場で言えるレオナの冷静さと判断の巧みさはやはりすごいなと思うわけである。

ハドラーがダイに接近するところで、ズシンズシンと重厚な音がしたのが興味深い。かつて超魔ハドラーと戦ったときにはたぶんこんなSEはついていなかったような気がする。もはや回復することもなく、しかしこの最後の戦いをダイとしたい、というハドラーの決意の重さが、このズシンズシンという音に顕れているのかもしれない。描く角度も、真下や後ろから描くことで、その重さをより感じられるようにしている。この描き方はいいなぁと思った。

ということで、私はハドラーをダイの大冒険における3人めの主人公だと考えているのだが、その主人公の最後の戦いがはじまる。相手は1人めの主人公ダイだ。ポップとダイは決してお互いに戦うことはないわけなのでむしろ主人公どうしが戦えるというのはここが最初で最後と言えるだろうというのは、ここに至るまででは、ハドラーを主人公というのは読者/視聴者の感情的には無理があると思うからだ。ついにこの最後の決戦をして、ハドラーは主人公となり、そしてこの闘いで散っていくのだ。熱い、熱いなぁ。

今回のエピソードは、マァムとアルビナスの決戦開始のところで終わる。マァムの説得はまったく通じず、アルビナスからの奇襲を受けることになるのだが、このときのアルビナスの「私の嫌いな虫唾の走る良い子ちゃんでよかった」のシーン、口のドアップで、なんというか迫力がすごい。ダイ好きTVにて、このシーンは収録音声に合わせてアニメーションが作られたということが明かされていたが、まさにその労力の実った迫力であった。
ちなみに虫唾というのは、むかむかするときに胃から出てくる体液らしい。アルビナスのオリハルコンの身体からは絶対に出てこないものである(笑)。虫唾が走るという言葉を、オリハルコン戦士の”彼女”が口にするところが、もうすでに駒じゃないってことなんじゃないかと思う。

マァムの説得がもしかしてアルビナスに通じるのか?と一瞬視聴者に思わせておいてからの、この全否定は、インパクトがある。ダイの大冒険のなかで、「交渉が通じたように見えて実は一方的に話していただけで全然心動いてなかった」シーンは他にはあまりない。たとえばバランがかつて襲ってきたときに、ヒュンケルが説得を試みて全然駄目だったということがあったが、そのときは完全に敵味方という状態だったので、そりゃ駄目だろうということが予想される展開である。だが、今回に関しては、ハドラーたちの回想が入ることもあり、あれもしかしてワンチャン話が通じたりするの?という気配を少し感じさせてからの無駄でした!という流れなのである。そこまで考えずに話をしてしまうのがマァムというキャラの甘さであり、魅力でもあるのだろう。そして信念を貫くアルビナスの、「卑怯もなにもない、すべてはハドラーのため」という強烈な忠義心(と愛)がぶつかりあう。

というわけで次回のタイトルが「愛の超激突」。これはお茶を吹いた。楽しみである。


【Podcast】 Cast a Radio 「ダイの大冒険」を語る