ダイの大冒険(2020)第24話が放送された。バランがダイを連れ帰ろうとして、ダイとポップが抵抗するもまったく歯が立たず、そこにクロコダインが助っ人に来て交戦開始したあたりまでが描かれた。

これは原作からも同じ設定なのだが、冒頭でバランが竜の騎士が生み出された経緯を話すところで。「いまでこそドラゴンはモンスターの一種とされているが昔は人間以上の知識を持ち言葉を操る者も多かった。」という話をするのだが。
私の疑問は、なぜ竜の知能は低下(?)していってしまい、言葉が話せなくなってしまった竜ばかりになってしまったのだろうか、ということである。ダイの大冒険世界においては進化論のような科学的説明がつくものではないので、別にそういうものを持ち出すアレはないけど(笑)、でも人間と魔族はあんまり変わっていない気がするのに、なんで竜族だけがショボくなってしまったのかは知りたいところだ。

もっというと、このダイの大冒険世界の創世神話的なものはどうなっているのだろうか。

ゲームのドラゴンクエストシリーズにおいては、ロト編に関しては「精霊ルビス伝説」という小説があって、そこに登場する神々がアレフガルドなどの世界を創造したことになっている(作者は、ドラクエ4〜6の小説の作者としても知られる久美沙織氏)。興味ある方は一度読んでみるといいと思う。私は小学生のときに読んでいろいろショックを受けた(笑)。

ダイの大冒険世界に関して、作中に語られている過去の大きな出来事としては

・竜、魔族、人が世界の覇権をかけて争い続けていたので、竜の神、魔の神、人の神が話し合って竜の騎士を生み出した。
・神々(これは何族の神かは不明)が、竜族と魔族を地下というか魔界に押し込めて、人間たちに地上を与えた
・魔界で、最後の知恵ある竜である冥竜ヴェルザーと雷竜ボリクスが死闘をして、ヴェルザーが生き残り冥竜王を名乗り、地上侵攻を企んだ(そしてキルバーンをバーンの下に送った)。
・世界支配に打って出たヴェルザーを、竜の騎士バランが倒しに行き、ヴェルザーは死ななかったものの、スキを突かれて精霊たちに封じ込められて石像になってしまった。

こんなところだろうか。3つの種族が争っていたときよりも昔の話は、ほとんど情報はない。

疑問に思うのは、竜の騎士が誕生して、いずれかの種族が覇権を握ろうとしたら粛清を下す、という仕組みが機能するのであれば、地上と魔界に住む種族を分ける必要はないような気がする、ということである。「おまえら仲良くしろよ、仲良くしなかったら竜の騎士が滅ぼしに来るぞ!」と言えばいいわけで。
むしろ、太陽が当たり恵まれてる地上と、陽の当たらぬ陰鬱した魔界という形に場所をわけたら、そりゃ魔界に押し込められた連中がフラストレーションを溜めていくのはあまりに自明である。本作における、バーンが世界征服(というか地上消滅)を図る動機は、十分に理解できる。

かように考えると、この世界における「神々」は、世界の作り方というか、種族の協調のさせ方が死ぬほど下手くそだとしか言いようがない気がする。無能すぎる神々。
3つの種族を争わせないようにする方法が、それらよりもっと強い「竜の騎士」という武力を作って、それを抑止力にする、というあたりもよくよく考えればひどいものだ。武力で抑え込まれたものは、その恨みを忘れないのだ。それはまさしく、バーンやヴェルザーを見れば明らかだ。そして最後、バーンは、「力こそ正義」をそのまま竜魔人ダイにぶつけられて敗北するし。

もっとも、神々の世界の作り方や、種族マネジメントが見事で、ずっと世界が平和だったら、ダイの大冒険という物語は起こらないことになってしまう(笑)。冒険物語の世界観というのはある程度不条理というか不幸な状態である必要はあるのかもしれない。

と、だいぶ脱線した。24話の話に戻る。
序盤にダイがバランにアバンストラッシュを打ち込むシーン。これ、原作もほぼ同じだけど、バランの鎧というか服というかの一部が、パキッと割れるだけで、1mmのダメージもないどころか、まったく怯んですらいない描写がある。アバンストラッシュ、いくらなんでも効果がなさすぎでは?と思ってしまう。竜の紋章を発動させずとも、完成したストラッシュは、鎧武装フレイザードを一撃で葬るほどの威力がある。それを、剣も出さず、真正面で受けてノーダメージというのは、いくらなんでもバランを強く描き過ぎではないかという気がするのだが…。なんだろう、実はこっそりドラゴニックオーラを発動させて、それで攻撃をいなしたのだろうか。誰かこれについて説明思いつく方いたら教えて下さい。

あとはクロコダインが加勢に来たときに、レオナがクロコダインを見て「この男が獣王…!」というシーンがあるのだが。あれ、レオナをバルジの塔で救出するときにクロコダインはいた気がするんだけど…。そのときはレオナは気を失っていたのでクロコダインのことに一切気づかず、そのあとの宴会でもクロコダインは気を遣ってまったく人間たちのところに行かなかったので、レオナがそのときに会話することはなかった、ということなのだろう。実際、原作でもそのような表現になっている(レオナの独白、という形だが)。クロコダイン、気を遣いすぎ…。対人コミュニケーション力がやたら高い獣王である。
クロコダインのセリフで心動かされる仲間や敵も少なくない。今回も、なぜ加勢に来たかとバランに尋ねられて、
「あいつは、オレたちの心の闇に光を与えてくれた太陽なのだ」
「生きとし生けるものにはすべて太陽が必要なのだ。それを奪おうとするものは断じて許せん!たとえ力及ばずとも戦うのみ!」
と、最高にかっこいいセリフを口にする。これを受けて、バランは今は亡きソアラを、太陽という言葉から想起するのである。のちにバランがダイに真魔剛竜剣を折られて撤退し、さらに最後はダイと共闘することになるが、この心変わりの最初のきっかけは、このクロコダインの振る舞いとセリフにあったように思えてならない。
今回のエピソードで一番かっこいいのは、このクロコダインだと思う。いやほんとクロコダインさんには、アカデミー助演男優賞を差し上げたい。

そういえば、クロコダインたち魔物の種族というのは、そもそも3つの神の分類に入らないのだろうか。えー、ひどい。魔物たちも入れてやってくれ!しかし、無能な神々に対して、このかっこいいクロコダインを見るに、地位や身分に飲みこまれることなく、人はかくあるべしと感じますな。

さて、次週でついに、ダイの大冒険は91年版アニメでトラウマとなっている打ち切り最終回改変エンドを乗り越えることになる。ダイの大冒険という作品をメタ的に捉えると、ここがひとつの歴史変換点となる。制作の皆様、お疲れ様でした!