ダイの大冒険(2020)29話が放送された。今回はボラホーンの人質作戦阻止から、ラーハルトからヒュンケルへの鎧の魔槍の受け渡し、テラン城でのバランvsクロコダインの戦い、そのあとのヒュンケルとポップ合流、バランの竜魔人化までが描かれた。

今回は原作漫画からのセリフの変更が結構多かった印象を受けた。印象的だったのは、自らの出自を語るラーハルトが、原作では「オレもディーノさまと同じ混血児なのさ」だったのが、アニメでは「〜と同じ、異なる種族間に生まれた者なのさ」となっている。さらにそのあと、原作では「オレが魔族の血を引いているというだけの理由で」の箇所が、アニメでは「オレが魔族の遺伝子を受け継いでいるというだけの理由で」となっていた。
この変更はどのように見るべきか。
2021年現在の社会倫理的な配慮での変更と見るのが一番妥当かもしれない。



「ハーフ」「日本人」を考える(上):結局、何と呼べばいいの?


大坂なおみ選手の活躍や玉城デニー氏の沖縄県知事就任で「ハーフ」に改めて注目が集まっている。「混血」「ハーフ」「アメラジアン


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この記事によると、1960年代くらいまでは「混血児」という言葉はメディアなどでは、特に日本国内おける米軍兵士と、日本人女性の間に生まれた子どもを指しているとある。そして以後はあまりその表現が使われなくなった、ともある。それは、この表現が差別的だからという理由よりは、そもそも「混血児」にまつわる問題が取り上げられることが減ったから、ということのようである。
かような日本社会における「混血児」という言葉の使われ方からすると、ダイの大冒険のラーハルトの設定と、その出自に関する使われ方としては、実は極めて的を射た表現だったのではと思ったりする。が、言い換えるなら、それだけ日本社会における「混血児」のコンテクストがある上での表現であるということを、2021年現在で、かつ子ども向けにつくる作品としては、配慮された表現に置き換えるのは自然かもとは思う。

あとは次のセリフのところだが、なぜわざわざ「遺伝子」という自然科学用語を使うことにしたのだろうか。原作のとおりであっても、別になんの社会倫理的配慮が必要な表現には見えないのだが。
遺伝子ということばに関する説明は色々あるが、わかりやすいものを引用する。

生物の体をつくり、生命を維持するためにはたらいているたんぱく質。このたんぱく質をつくるための情報が遺伝子で、ヒトには約2万数千個もの遺伝子があると考えられています。



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ということで、狭義に科学的に捉えるなら、遺伝子とは「たんぱく質をつくるための情報」ということになる。
とはいえ現実社会では「天才の遺伝子」みたいに、別に科学的ではない文脈で使うことも多い。この場合、「受け継がれた素質」みたいな程度のニュアンスだろうか。

ダイの大冒険世界はもちろん科学的原理では動いていないし、というよりむしろ剣と魔法とドラゴンクエストベースのファンタジー原理がベースといえる。ゆえに、ここで使われる遺伝子という言葉に科学的ニュアンスを求めているわけではない。
もともと原作でも後に、バーンが竜の騎士を評して「戦いの遺伝子」を持つことが強さの秘密だと表現している。「受け継がれるもの」という概念を読者にわかりやすくする言葉選びとしての遺伝子、ということと理解している。
が、いきなり今回のアニメの該当シーンで、ラーハルトがするっと「遺伝子」と言ったのは、まあけっこう、びっくりしたよね(笑)。

ラーハルトのセリフでだいぶ書いてしまった。話を先にすすめる。
彼の回想シーンで出てくるバランがすでに現在と風貌が同じなのはなんでだろう。ハドラーが魔王になってからバランと出会ったということは、10年以上前だと思うんだけど…。

このラーハルトの回想シーンで流れる音楽が、過去の曲ともまた違って、物悲しい感じでよい。こうして考えてみると、ダイの大冒険って、悲しい曲のかかる悲しい回想みたいな場面ってかなり多いなぁと気づく。悲しみの連鎖の上に今があるという気はする。

ラーハルトからヒュンケルに鎧の魔槍が受け継がれるシーン。原作だと一瞬で鎧化しているが、アニメだと変身シーンよろしくかっこよく描かれた。

そして、ついに登場クロコダイン。バランに、ポップの特攻を指摘されたあと、迷いが晴れるシーンでの男泣きがすごい。原作だと、彼が涙を見せるのは一コマだけである。しかしアニメだと、結構な尺に渡って、涙を流し、そのあとも目に涙を溜め続けている。
個人的には、原作の「ポップの真意を見抜けなかった自分を恥じて、ポップの意気に殉じようとしたところでのさりげない涙が好きだった。とはいえ、それは漫画で何回も読み返したがゆえに感じることで、今回アニメを初見する人にとってそのニュアンスを一瞬で理解してもらうのが難しいというのは分かる。結果的に、ずいぶん長く泣いてるなぁ…となったのだろう(笑)。

しまったこんな調子で書いていたら終わらないので最後まで飛ばしてまとめ。

バランの竜魔人化シーン。ここは視聴者みんな思ったかもしれないが、なんかもうものすごい変身シーンである。まさに「敵のパワーアップ」の象徴的な描かれ方に感じた。竜魔人になったあとは、声優さんの演じ方もちょっと変わっていたように思う(あるいはなんらかのエフェクトがかかっていた?)。

さて次週はついにポップの自己犠牲呪文である。まさに、バラン編のある意味感情的にはクライマックス。ついにここまで来たか…!楽しみだ。